もうひとつ、定着しなかった試みにシングルレートがあります。
シングルレートとは単一の相場の賃金です。管理職以外は係長クラスも新入社員も、総合職も一般職も一律月給30万円という賃金制度を導入した会社がありました。責任の重さや仕事の内容、転勤の有無などの要素はすべて賞与に反映させるということでした。
「年功型賃金の合理性」という考え方があります。賃金が勤続年数の影響を受ける傾向は世界に共通して見られますが、このことを説明する考え方です。①能力は経験年数に応じて上がってゆくからだとする説(人的資本説)、②若い時は貢献度以下、中高年になると貢献度以上の賃金を受け取るようにしておくことによって、会社を辞めにくくしている、あるいは解雇されるような悪いことをさせなくしているのだとする説(インセンティブ説)、③年数がたつに従い、社員は自分に向いた仕事を見つけて働きを高めて行くからだとする説(適職探し説)、④生活費が年齢とともに上がってゆくので、それに合わせて賃金を払うと喜ばれるとする説(生計費説)などの説明があります。
労働者も、もともと年功賃金を好んでいます。総額が同じであれば、定期昇給がある賃金制度の方が、何年たっても同じ水準である賃金制度よりも歓迎されるという調査結果があります。たとえば5年間で総額1500万円の賃金であるならば、毎年300万円であるよりも、200万円からスタートして5年後に400万円になるような賃金制度の方が好きだということです。
シングルレート賃金はこれらの考え方や事実の正反対を行く制度であり、さらにどこにも先行事例がなく、あまりに急進的でした。パート労働者においてすら、全員が同じ時給である会社はまれです。
賃金格差はもっぱら賞与でつけるというのも壮大な実験でした。「インセンティブ強度原理」というものがあります。インセンティブ(頑張る理由)の強さは①努力が利益に直結する度合、②業績測定の正確さ、③労働者のリスクに対する受け入れ姿勢、④労働者のインセンティブに対する敏感さ、の4つにかかってるということです。
賞与というものは金額が不確定で、会社全体の原資が少なければ、いかに高い評価を得たとしても僅かな金額しかもらえません。その点で①に反します。②の業績測定はすでに述べたような理由で、正確に行い得たかどうか疑問です。③と④に関しては、ハイリスク・ハイリターンの報酬を好むような人がはたして会社員をやっているかどうか不明です。
賞与とは、少なくとも労働契約上は、1円も払わなくても違反にならないものであり、そういうものにインセンティブの大部分を担わせることには無理があります。
なお、短命だった賃金制度というと「成果主義」に言及しないわけにはいきません。しかし成果主義が廃れたとは到底言えません。このことは機会を改めて論じます。