では、どういう賃金制度ならば持続可能なのでしょうか。
紫綬褒章を受章した労働経済学者である小池和男氏は、知的熟練の形成を促す賃金は「社内資格給」「範囲給」「査定つき定期昇給」という3つの特徴を要すると言っています。
社内資格というのは「主事」とか「参事」とかいうもので、会社によっては「等級」と言っています。経験や能力の違いを賃金に大まかに反映するための仕組みです。賃金を個別の社員に対して「あなたは○○円とします」というようにいきなり決めるのではなく、まず「あなたは○○等級とします」というように等級(資格)で大枠を決め、次に評価で、等級の中における具体的な金額を決めるというように、二段階で決めるためのものです。相撲でいえば幕内とか十両、幕下に相当するものです。
範囲給というのは等級ごとに、賃金に「○○円~○○円」というように範囲を定めるということです。シングルレートではないということです。同じ仕事をしていても腕前には個人差があります。その向上に報いるために、ひとつの等級であっても賃金に幅を持たせます。
必要なのが「査定つき定期昇給」であって「査定なき定期昇給」でないのは、腕前の向上には個人差があり、時間がかかるからです。個人差があるので査定(評価)は欠かせません。時間がかかるので、会社への定着を促す仕組みとして定期昇給が必要です。
TINAという言葉があります。”There is no alternative to market”(市場に代替する仕組みは存在しない)を略したもので、イギリスのサッチャー元首相が述べたことで有名です。小池氏が指摘する3つの特徴はアメリカの標準的な賃金制度にもみられます。こと正社員に関しては、評価つき定期昇給は賃金制度のTINAであるといえます。
(参考文献)
小池和男「仕事の経済学(第3版)」東洋経済新報社、2005年