「定期昇給はもう古い」という言葉がよく聞かれます。それでは何が新しいのかという問題があります。「もっと貢献度に見合った賃金を」ということもよく言われます。たしかに「会社全体の成果がこのくらいで、そのうちXさんの貢献度は○○%、Yさんの貢献度は○○%」というものを特定できる仕組みがあるならば理想です。しかしそういう仕組みはありません。あれば何も問題は起こりません。ないからいろいろ考えてきた結果が定期昇給です。たとえばアメリカの標準的な賃金制度も、賃金改定に降給はありません。
職務内容で等級を決める。等級の中での具体的な金額は評価と経験年数に依存して決まるという仕組みは、「当たらずとも遠からず」の妥当な賃金を決める仕組みとして、いまある中では最良のものです。
「賃金改定ではどうして増える一方で、減ることがないのか」とよく聞かれます。それは普通に働いている人に、給料を下げなければならないような理由は通常発生しないからです。「SABCDの5段階評価で、Dは減給」という制度を作ることは簡単です。しかしそんな制度を作っても、実際にはDを容易に出せません。昇給するのであってもDは出しにくいのに、ますます形骸化するだけです。
職務怠慢であるとか、規則違反を行ったとかいう場合には減給が相当ですが、これは評価ではなく懲戒として行うべきものです。どうにもならない能力不足の人がいるとしたら、それは1%や2%賃金を減らせば解決するというものではありません。おそらく10%減らしても解決しないでしょう。定期昇給の日を迎えるまで会社で生き残ってこられた人は、最低でもいくらかの成長をしているはずで、昇給に値します。
アメリカは解雇規制が非常に緩い国です。解雇さえ簡単にできるとしたら、賃金カットはより頻繁に行われるはずです。しかし実際には、賃金カットはめったに行われません。
イエール大学の経済学者トルーマン・ビューリーは、経営者に対してアンケートを行いました。その結果、経営者は従業員が賃金カットを侮辱と捉え、そのために企業への帰属意識を失って、従業員のモラルが低下してしまうことを恐れていることがわかりました(ノルベルト・ヘーリング、オラフ・シュトルベック『人はお金だけでは動かない』NTT出版、2012年)。
全員一律の賃金カットと賃金改定における降給は違いますが、下手に賃金を下げると、やる気はそれ以上に落ちてしまいます。
(参考文献)