1-1.定期昇給の代案がない

日本型の賃金制度が転機を迎えています。日本企業において主流である、年功序列的であるといわれる賃金制度は、第2次世界大戦中に誕生して高度経済成長時代に広く普及しました。日本型賃金制度は高い経済成長と人口の増加を前提として設計されていますが、これを、ときに経済がマイナス成長することすらあり、人口が減っている今の時代に維持しようと考えることには無理があります。

 

国際的にみても、仕事の内容ではなく年齢や勤続年数、家族構成など、個人としての属性を基準として賃金を決める日本の制度は特殊で、存続の可能性が問われています。

 

それではどのような賃金制度が時代の要請にかなうのでしょうか。

 

近年、大企業を中心に賃金を上げる動きが盛んですが、これは政府の要請を受けたものであり、必ずしも企業自身の意思によるものではありません。経団連は2012年の春闘まで、定期昇給の凍結に言及していました。

 

たしかに現在の賃金カーブ(新卒で入社して標準的に昇給・昇進すれば、各年齢でこの賃金になるというグラフ)を今後も維持することは難しいでしょう。

 

話を単純化するために「賃金=年齢×1万円」という完全な年功序列給の会社を想定すると、その会社の「従業員平均賃金=従業員平均年齢×1万円」です。人件費は従業員の平均年齢に比例します。平均年齢が上がってきている現状で、しかも労働生産性が伸びないかなで、雇用を維持するために定期昇給を凍結したくなる、経営者の気持ちは理解できます。

 

しかし定期昇給は、成績に応じて昇給額に差をつることによって、個人の賃金を企業への貢献度に応じた水準に収斂させてゆく、現状ではほぼ唯一の仕組みです。これを廃止したあとでどういう賃金決定方式をとるのかということについては、ほとんど議論されていません。

 

また、いままで定期昇給が行われてきて、従業員の間に賃金格差がある状態で、いきなり定期昇給を廃止するとなると、現在の賃金格差が定年まで引き継がれることになります。やはり単純化すると、いま25歳の人は定年まで賃金が25万円のまま、35歳の人は35万円のままということになります。そのような制度を社員が受け入れるはずがなく、一度賃金を新たに決め直す必要があります。

 

要するに、定期昇給を廃止するにしても、その手法や代案がまったく議論されていません。

 

(参考文献)
金子良事「日本の賃金を歴史から考える」(旬報社、2013年)
八代尚宏「労働市場改革の経済学」(東洋経済新報社、2009年)

▲ページTOP