6-4-2.ピーターの法則が成り立つ背景

ピーターの法則が起こる原因は4つあります。第1は昇進後の「たるみ」です。いったん昇進するとしばらくは次の段階への昇進候補にはなりません。今年係長に昇進した人が来年課長に昇進する可能性はまずありません。このためどうしても昇進前のような熱意は出ません。あるいは自分で「この地位がせいぜいのところだろう」と思う段階まで昇進してしまった人は、上に挑戦する意欲が持てません。

 

第2は昇進後の仕事に対する適性のなさです。よく「名選手必ずしも名監督ならず」といいます。営業パーソンとして大きな売り上げを上げた人を営業課長にしても、その人が部下の評価や部門の予算管理が得意であるとは限りません。同じ部門での昇進ならまだしも、たとえば企画課長から人事部長へというような、違う職能への昇進となると、いっそうリスクが高まります。会社としては「どうせ仕事をするのは下の人だ」という考えでしょう。事実ピーターも「仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている。」と言っています。

 

第3はゴマすりと足の引っ張り合いです。昇進はゼロサム・ゲームです。100%取れるか何も取れないかのいずれかであり、中間はありません。こういうゲームでは、高い業績を上げて正当に評価してもらうことよりも、上司にゴマをすったり、同僚の足を引っ張ったりすることの方が戦略として効率的である場合があります。テレビの韓国歴史ドラマでは、登場人物たちは互いに濡れ衣の着せ合いに明け暮れていて、政策論争をしているところを見たことがありません。

 

第4は事なかれ主義です。昇進がゼロサム・ゲーム(勝者がすべての報酬を獲得し、敗者は何も得られないゲーム)であるとすれば、勝ち目のない勝負には参加しないという戦略も合理的になってきます。負けたら何も貰えないのだから、競争も闘争もしないで穏やかに日々を送るというのも、少なくとも経済的には合理的な考え方です。「リスクとインセンティブのトレード・オフ」と呼ばれる問題です。勝てば天国、負ければ地獄というような勝負は、勝負に参加することを決めた人には闘争心をあおる半面、そういう勝負自体をリスクが大きすぎるという理由で避ける人も多いということです。

 

 

(参考文献)
清滝ふみ『企業特殊的人的資本投資によるホールドアップ問題とピーターの法則』関西学院大学経済学論究、2003年

清滝ふみ、熊谷礼子「人事の経済学への応用ー昇進のインセンティブ効果とピーターの法則」(伊藤秀史、小佐野広編『インセンティブ設計の経済学』勁草書房、2003年所収)

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