4-2.職能資格制度とはどういうものか

現状で、日本企業で最も一般的な賃金制度は能力給です。とりわけ、ただの能力ではなく「職務遂行能力」の等級です。職務遂行能力を略して「職能」と呼び、これと資格を関連付けて「職能資格制度」という賃金制度が、大企業を中心に普及しています。下の表は多くの専門書に引用されている、清水勤氏による職能資格等級基準書です。

 

ここでいう資格とは、医師や税理士などの国家資格というような意味ではなく、「職制とは別に、企業内における従業員の序列や処遇を明確にするために設けられている制度」(注1)です。職制とは部長や課長といった役職のことです。資格は等級と同義です。

 

この制度が普及した背景には、人を選別することに伴う苦悩を和らげることがあります。組織において序列といえば、部長や課長といった役職がまずあります。部長は部の責任者ですから、真の意味での部長は一人しか任命できません。そうすると誰かを選び、誰かを落とさなければなりません。これは選ぶ側にとって非常に頭の痛い問題です。また、「部長は部の数だけ、課長は課の数だけ」ということでは、役職者になるのはあまりにも狭き門であり、社員は希望を失ってしまいます。

 

そこで資格という、役職とは別の「偉さ」の基準を作りました。これによって「部長ではないけれども部長と同じくらい偉い」という地位を作ることが可能になりました。たとえば「参与」という資格であれば、たとえ部長でなくても、部長と同じくらい偉いという具合です。軍隊における「大佐」「中佐」、天皇制における「従一位」「従二位」なども資格の一種です。

 

また、組織にはどうしても、下位の役職への異動が必要なときがあります。昨日まで部長だった人を、懲罰的な意味でなく、次長にしなければならないようなときがあります。より偉い役職や、同じ偉さの役職にしか人を異動させられないとすると、人事異動の範囲は限られてしまいます。このようなときも「資格」がそのままであれば、懲罰でないことは周囲の目にも明らかです。「能力が落ちたわけではない」という論理で、以前と同じ賃金を払うことが正当化されます。

 

このように職能資格制度には優れた面もありますが、問題もあります。

 

そのひとつが、能力を客観的に測るのが難しいということです。下の表の中で示されているような能力の有無を、どのようにして一人ひとりの社員について把握するのかは不明です。明治大学教授の遠藤公嗣氏は「職能資格基準を設定するのに、職務分析と職務評価をおこなわず、参考にしない。だから、この『職務遂行能力』は職務関連的でなく、抽象度は高く、多分に、頭の中で構成されたものに過ぎない」と言っています。

 

たとえば相撲の番付では、上位の人ほど強いことは、誰の眼にも明らかです。しかし職能資格制度の会社で、上位等級の人ほど有能であるというような傾向はほとんど見られません。極端に低能力な人が高い等級に格付けされることはありませんが、非常に有能であっても低い等級に甘んじている人が、特に若い人に多くいます。等級と能力は、実際にはほぼ無相関です。

 

このように職能資格制度は考え方と実態がかけはなれやすく、結局「長く勤めているならば、それだけ能力が磨かれているはずだ」ということで、勤続年数順に格付けすることになりがちです。

 

もうひとつの問題が、資格のインフレがおきやすいということです。

 

部長という地位には限りがありますが、「有能な人」という地位には定員を設ける必要がありません。また、同じ会社で働いていて、同等の経験年数を持つ人に、「あなたは有能」「あなたは無能」というレッテルを容易に貼れるものではありません。このため「有能な人」(偉い人)が乱造され、賃金コストの増大につながりやすいという性格を持っています。

 

  • ■職能資格等級基準の例

 

職能区分

定義

10

上級統轄

管理職能

会社の基本的政策や方針に基づき、部またはそれに準じる組織の運営を統轄し、かつ会社の政策・方針の企画・立案・決定に参画するとともに、トップを補佐する職能段階

9

統轄管理

職能

会社の基本的政策や方針に基づき、部またはそれに準じる組織の運営を統轄し、かつ会社の政策・方針の企画・立案・上申を行うとともに、さらに調整および上司の補佐をする職能段階

8

上級管理

(専門)

職能

会社の政策・方針についての概要の指示に基づき、部または課あるいはそれに準じる組織の業務について、自主的に企画・運営し、かつ実施上の実質的責任をもって部下を管理するとともに、上司の補佐をする職能段階

7

管理

(専門)

職能

会社の政策や方針についての概要の指示に基づき、課またはそれに準じる組織の業務について、自主的に企画・運営し、かつ実施上の実質的責任をもって部下を管理する職能段階

6

指導監督

職能

一般的な監督のもとに担当範囲の細部にわたる専門的知識と多年の経験に基づき、係(班)またはそれに準じる組織の業務について企画し、自らその運営・調整にあたるとともに部下を指導・監督する職能段階

5

指導判断

職能

担当業務の方針について指示を受け、専門的知識と経験に基づき、自己の判断と創意によって部下を指導しながら、計画的に担当業務を遂行し、上司を補佐しうる職能段階

4

熟練定型

職能

細部の指示または定められた基準により、高い知識・技能・経験に基づき、複雑な定型的業務については、主導的役割をもち、下縁者を指導しながら、かつ自己の判断を要する熟練的(非定型も含む)業務を遂行しうる職能段階

3

高度定型

職能

細部の指示または定められた基準により、高い実務知識・技能・経験に基づき、日常定型的業務については主導的役割をもち、必要によっては下級者を指導するとともに、一般的定型的業務の指示を受けて遂行しうる職能段階

2

一般定型

職能

具体的指示または定められた手順にしたがい、業務に関する実務知識・技能・経験に基づき、日常的定型的業務を単独で遂行しうる職能段階

1

定型補助

職能

詳細かつ具体的指示または定められた手順にしたがい、特別な経験を必要としない単純な定型的繰り返し的業務もしくは見習的補助的な業務を遂行しうる職能段階

(出所)清水勤「ビジネス・ゼミナール 会社人事入門」(日本経済新聞社、1991年)

 

(注1)高齢者雇用開発協会「定年延長と人事管理の動向」(1984)による定義。

 

(参考文献)

今野浩一郎・佐藤博樹「人事管理入門(第2版)」(日本経済新聞出版社、2009年)

遠藤公嗣「これからの賃金」(旬報社、2014年)

佐藤博樹・藤村博之・八代充史「新しい人事労務管理(第3版)」(有斐閣、2007年)

清水勤「ビジネス・ゼミナール 会社人事入門」(日本経済新聞社、1991年)

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