しかし幸い、これを学問的に研究した成果があります。「コンピテンシー」と言われるものです。英和辞典では単に「能力」と言う訳語が与えられていますが、人事評価の分野では「高い業績をあげている人の行動特性」と定義されます。できる人はどこが違うのかということについて、机上で議論するのではなく、大きなデータベースで、卓越した業績を上げている人とそれほどでもない人を比較して、どこが違うのかをまとめたものです。
もちろん、このようなことに関する理論はひとつではありません。その中で代表的なものの一つに、スペンサー&スペンサーによる「コンピテンシー・ディクショナリー」があります。高業績者の特性に関するさまざまな研究成果をまとめて、「この要素のウェイトは○○、この要素のウェイトは△△」と数値化したうえで、さらに各要素について「こういう状態ならレベル○○、こういう状態ならレベル△△」という形で数値化したものです。ウェイトにレベルを掛け合わせ、合計した値がその人の総合的なコンピテンシーであるといえます。まさに人事評価の基準書のような形をとっています。
まとめ上げた研究成果の数は286におよび、そこに含まれる国の数は20、職務の数は200種類以上です(邦訳『コンピテンシー・マネジメントの展開』、生産性出版)。実に大規模な研究で、とても一企業の手に負えるようなものではありません。
例として、セールス職の「コンピテンシーモデル」(その職種にとって重要なコンピテンシーは何かを示したもの)と、やはりセール職にとって最も重要なコンピテンシーである「インパクトと影響力」の測定尺度を表に示しました(ともに10分の1程度に省略しています)。
「ディクショナリー」では①技術者・専門職、②セールス職、③支援・人的サービス、④管理者、⑤起業家という5つの職種に集約してコンピテンシーモデルが提示されています。
測定尺度は各コンピテンシーについて8前後のレベルに分けられ、ディクショナリーというだけあって非常に詳細に定義されています。成功を目指す人は、下手な「仕事術」ものや「する技術」ものを読むより、「ディクショナリー」を読む方がよほど生産的です。実際、ある営業パーソンは自社でコンピテンシー評価が導入されたのを機に、営業職にとって最もウェイトが高い、「インパクトと影響力」のディクショナリーを熟読しました。そして、自分がいま属すると思われるレベルの1つ上を意識するようにしました。その甲斐あってか、目標を超過達成するようになりました。
例①:セールス職の コンピテンシーモデル |
例②:「インパクトと影響力」の測定尺度 | ||||
コンピテンシー | ウェイト | レベル | 行動の記述 | ||
インパクトと影響力 | 10 | -1 | 個人的なパワーを追い求める。 | ||
達成重視 | 5 | 0 | 他人に影響を及ぼすことに全く興味を示さない。 | ||
イニシアティブ | 5 | 1 | 意欲は示すけれども行動は示さない。 | ||
対人関係理解 | 3 | 2 | 説得のために一度は行動をとる。 | ||
顧客サービス重視 | 3 | 3 | 説得のために2段階を踏む。 | ||
自己確信 | 3 | 4 | 自分の行動と発言の影響を計算する。 | ||
関係の構築 | 2 | 5 | 劇的な行動の効果を計算する。 | ||
分析的思考 | 2 | 6 | 影響を及ぼすために2段階の行動をとる。 | ||
概念化思考 | 2 | 7 | 影響を及ぼすために専門家や第三者を活用する。 | ||
情報の探求 | 2 | 8 | 状況に合わせて練り上げた影響行使戦略を用いる。 | ||
組織の認知 | 2 | ||||
専門能力(注) | - | ||||
(注)必要最低条件 | |||||
スペンサー&スペンサー、『コンピテンシー・マネジメントの展開』をもとに筆者再構成 |